BLOG和婚スタイル東京のブログ

8月ブライダルフェア告知!

2016.07.28

どうも皆さんこんにちは。

和婚スタイル東京店です!

来週から8月に入ります。

そうです!

8月分のブライダルフェアです!

 

今月も豪華なフェアが開催されているので

ちょっと紹介していこうと思います。

 

まずは、【平日限定 和装試着付きゆったり相談会】

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休日や祝日はお仕事でなかなか時間が取れない…っていう方にとてもぴったりのフェアになっています。

平日なので土日に比べてゆっくりじっくりと相談することができるので

ぜひこの機会にお越しください。

 

 

【おめでた婚フェア】

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赤ちゃんと一緒に結婚式をお考えの方、ご妊娠の方、お急ぎの方必見

専門プランナーがきちんとサポートいたします。

 

 

 

【18時以降OK お仕事帰り相談会】

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土日祝日、平日もなかなか時間が取れない…

でも、仕事帰りの時間なら大丈夫って方は必見です!

お仕事帰りにサクッと相談可能です

是非お越しください。

 

 

 

【週末限定 じっくり和婚相談会】

 

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和婚の疑問や不安を徹底解消!

和婚専門プランナーが新郎新婦様をフルサポートいたします。

 

 

【1日3組限定 和装試着会&鬘合わせ体験会】

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着物にはかつらと決めていらっしゃる方でも、

洋髪か、かつら悩んでいらっしゃる方でもお気軽に体験できます。

 

これは、1日3組限定となっているので、予約はお早めにしていたほうが

いいですよ~。

 

 

 

【浅草6組限定 本格フレンチ無料試食フェア】

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あの人気お食事会場【レストラン アラスカ】にて行う無料の試食フェア

そして、選べる特典もご用意しています

これも、6組限定となっているフェアなので

予約はお早めに。

 

 

 

【12組限定 湯島天満宮模擬挙式 相談会フェア】

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これは、8月の中で1日限定しかも12組限定で行われる

湯島天満宮で行われる模擬挙式のフェアです

挙式の流れがいまいち分からない方、挙式の雰囲気を味わってみたい方は必見です。

 

 

こんな感じでざっくりですが、来月8月のフェアを紹介しました。

8月はお盆などもあり、それを気にぜひ1度相談に来てみてはいかがでしょうか?

上目黒氷川神社について

2016.07.24

皆さん、こんにちは!o(`・ω´・+o)

和婚スタイル浅草店です

 

だいぶブログの更新が遅れてしまいました…申し訳ございません。゚(゚´Д`゚)゚。

今日こそはブログ更新していきたいと思います!

 

では、早速本題に入っていきましょー(ノ゚∀゚)ノ

 

今回は上目黒氷川神社についてちょっと書いていこうと思います。

 

 

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上目黒氷川神社は東京 目黒区 大橋にある神社で、

 

由緒

当神社は天正年間(1573年~1592年)に当地の旧家加藤氏が甲斐国・上野原の産土神をこの地にむかえたものであるといわれている。その後、明治11年(1878年)に上目黒1-8にあった浅間神社を当神社に遷座、明治45年(1920年)に北野神社を合祀したものといわれている。

 

 

氷川神社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目黒富士

江戸時代、富士山を対象とした民間信仰が広まった。人々は富士講なる集まりを作り、富士山に登頂したほか、

身近な所に富士山を模し塚(富士塚)を築き、祠を作った。

 

目黒区内では現在の上目黒1-8付近に文化9年(1812年)に築かれたものがあり、

高さは12mあった。文政2年(1819年)に現在の中目黒に新しく富士塚が築かれたことから、

上目黒にある方を「元富士」と呼び、中目黒に造られた方を「新富士」と呼んだ。

 

いずれの富士も歌川広重の「名所江戸百景」にも描かれた名所であった。

 

元富士は1878年に取り壊され、[注 1]同時に元富士のところにあった浅間神社も上目黒氷川神社内に遷座した。

 

祠や石碑は1943年に上目黒氷川神社に移された。その後、1977年に上目黒氷川神社内に新たに目黒富士が築かれ毎年7月には山開きの例祭が行われている。

 

 

以上で、簡単ですが上目黒氷川神社の紹介を終わりたいと思います。

少しでも神社に興味を持っていただけたらと思いまして、今回神社のお話をさせていただきました。

 

幻想的な幸あかり挙式! 鶴岡八幡宮について

2016.06.25

こんにちは!

和婚スタイル浅草本店でございます。

 

 

 

前回、雨の日が少なくなってきていると書きましたが、

最近は前線の影響で、降ったり止んだりと不安定なお天気が続いております。

なんだか落ち着かない天候ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

 

 

 

 

さて、今回も引き続き、神社について書いていこうと思います。

今回は東京エリアのNo.2の神社様、

鎌倉にあります「鶴岡八幡宮」について簡単にご紹介させていただければと思います。

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鶴岡八幡宮は、康平6年(1063)源頼義が奥州を平定して鎌倉に帰り、源氏の氏神として出陣に際してご加護を祈願した京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺にお祀りしたのが始まりです。

 

 

その後、源氏再興の旗上げをした源頼朝公は、治承4年(1180年)鎌倉に入ると直ちに御神意を伺い、由比ヶ浜辺の八幡宮を現在の地にお遷しし、建久2年(1191年)には鎌倉幕府の宗社にふさわしく上下両宮の現在の姿に整え、鎌倉の町の中心となりました。

 

 

また、頼朝公が流鏑馬や相撲、舞楽などの神事や行事を行い、関東の総鎮守として厚い崇敬の誠を寄せたとされ、以降武家の精神の拠り所となり、国家鎮護の神として全国に信仰がが広まったとされています。

 

 

鶴岡八幡宮の信仰と鎌倉を中心として興った「質実剛健」の気風は、その後、「武士道」に代表される日本人の精神性の基調となりました。

現在は国際的史都鎌倉の中心的施設として、国内外から年間を通じて多くの参拝客が訪れています。

 

 

現在の御本殿は、文政11年(1828年)、江戸幕府11代将軍徳川家の造営による代表的な江戸建築で、 若宮とともに国の重要文化財に指定されています。 深い杜の緑と鮮やかな御社殿の朱色が調和する境内には源頼朝公、実朝公をお祀りする白旗神社をはじめとする境内社のほか、 静御前ゆかりの舞殿や段葛が八百年の長い歴史を伝えています。

 

 

 

ご祭神は、第15代天皇である応神天皇(おうじんてんのう)、

神道の神である比売神(ひめがみ)、仲哀天皇の皇后、神功皇后(じんぐうこうごう)が祀られています。

 

 

 

 

さて、そんな歴史深い鶴岡八幡宮ですが、他の神社様には無い一日一組様限定の「幸あかり挙式」をあげることができます。

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幸あかり挙式とは、日中の挙式とは違い、「日の入り時刻」に挙げる結婚式のことです。

日の入り時刻から挙式を開始しますので、あたりは薄暗いのですが、

ライトに照らされた舞殿は日中よりも幻想的です。

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鎌倉の歴史ある神社様で、他では経験できない挙式を挙げることで、

お二人の一生の思い出に残ること間違い無しです。

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普段とは違う、夜の神社で結婚式を挙げてみませんか?

 

 

 

 

また、鶴岡八幡宮様、浅草神社様で挙式を上げられる方限定で

特典が充実したスペシャルプランもご用意しております!

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アルバムに挙式シーンのDVD、さらに人力車の送迎もついている充実したプランとなっておりますので、気になる方は是非、和婚スタイルまでお問い合わせ下さいませ。

 

 

 

一部プランの宣伝もさせていただきましたが、「鶴岡八幡宮」の簡単なご紹介は以上になります。

 

 

 

前回のブログに引き続き、神社のお話となりましたが、

皆様の神社選びの参考になれば幸いです。

多くの人で賑わう 湯島天満宮について

2016.06.18

こんにちは!

和婚スタイル浅草本店でございます。

 

このたび、神社ページに人気神社をベスト6までピックアップして表示できるようにしました。

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和婚についてよく分からない方から、神社に迷われている方まで、

神社選びの参考にしていただければと思います。

 

もっと詳しくお知りになりたいという方は、

ぜひ和婚スタイル浅草本店までお問い合わせ下さい。

 

 

さて、今回はそんな東京エリアのNo.1の神社様、

「湯島天満宮」について、簡単にご紹介させていただければと思います。

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湯島天満宮は、文京区湯島にあります古来より江戸・東京における代表的な天満宮です。

 

 

 

ご祭神は、天岩戸(あまのいわと)を引き開け、天照大神(あまてらすおおみかみ)を外にお出した、

力の強い神様天之手力雄命(あめのたぢからのみこと)」、

学問の神様で有名な「菅原道真公(すがわらのみちざねこう)」になります。

そのため、受験シーズンには多数の受験生が合格祈願に訪れ、普段からも学問成就や修学旅行の学生らで非常な賑わいを見せています。

 

 

 

 

 

歴史を振り返ってみると、雄略天皇二年(458年)一月に、勅命により創建と伝えられ、天之手力雄命を奉斎したのがはじまりといわれています。

 

 

正平10年(1355)二月郷民が菅原公の御偉徳を慕い、文道の大祖と崇め本社に勧請し、あわせて奉祀し、文明10年(1478年)十月に太田道灌がこれを再建し、天正18年(1590年)徳川家康公が江戸城に入るに及び、特に当社を崇敬すること篤く、翌十九年十一月豊島郡湯島郷に朱印地を寄進し、祭祀の料にあて、泰平永き世が続き、文教大いに賑わうようにと菅原公の遺風を仰ぎ奉ったのだといわれています。

 

 

 

その後、学者・文人(林道春・松永尺五・堀杏庵・僧堯恵・新井白石など)の参拝もたえることなく続き、将軍徳川綱吉公が湯島聖堂を昌平坂に移すにあたり、この地を久しく文教の中心として湯島天満宮を崇敬したといわれています。
元禄16年(1703年)の火災で一度全焼してしまっているのですが、宝永元年(1704)年に徳川綱吉公は金五百両を寄進したとされています。
また、明治18年(1885年)に改築された社殿も老朽化が進み、平成7年12月、後世に残る総檜造りで造営されました。

 

 

 

 

湯島天満宮で挙式を挙げられる場合、本殿のご神前で厳粛に行なわれます。

 

拝殿の天井には松尾敏男画伯による竜の天井画があり、また神社の社務所より参進の儀の際に、新郎新婦を始め、ご参列者様全員で渡る赤い太鼓橋がありまして、これに憧れる新郎新婦もたくさんいらっしゃいます。

 

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厳粛な本殿の中でおおらかさを大切に、

落ち着いた寡囲気の中でお二人の愛を誓い合うことで、

思い出深い結婚式になること間違いなしです。

 

 

 

簡単ではありますが、湯島天満宮については以上になります。

 

 

 

 

少しでも神社に興味を持っていただけたらと思いまして、今回神社のお話をさせていただきました。

 

湯島天満宮様の挙式の様子につきましては、色んなカップルの方々が挙式を挙げています。

 

 

 

 

過去の書き込みを遡っていただければ、挙式の様子はたくさん見つかりますので、

先輩方の挙式の様子を見ていただいて、ご自身の結婚式の参考にしてみてはいかがですか?

 

 

 

 

 

綿帽子・角隠しの意味とは?

2016.06.11

こんにちは!

和婚スタイル浅草本店でございます。

 

本格的に梅雨入りし、蒸し暑い日とジメジメした日が

交互にやってくるような日々が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

 

 

さて、今回は和装をするにあたって印象が強い、

「綿帽子」「角隠し」について書いていきたいと思います。

 

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まず、「綿帽子」について!!

綿帽子とはもともと、武家婦人の外出着として埃除けや防寒具に使われ始めたのが

実は始まりといわれています。

 

 

 

花嫁に頭をすっぽりと覆うような構造になっているため、結婚式では

「挙式が済むまで新郎以外の人に顔を見られないようにする」

という意味合いが合ったようです。

 

 

 

 

ちなみにウエディングドレスの際につける、ベールと同じ意味合いを持つ

綿帽子もあるようです。

 

綿帽子には『浄化』『神聖化』という意味があり、

 

・魔除けのために被った

 

・鬼となる角(嫉妬や怒りの感情)をおさえるために被った

 

・・・と言われています。

 

 

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次に「角隠し」についてです。

 

角隠しとは、江戸時代、能楽で女の生霊が嫉妬で鬼の姿になること、

また怒りの形相が鬼に似ていることから、「角」=女性の嫉妬や怒りの例えとして

表されていました。

角の意味から見た場合、被る目的は花嫁の嫉妬心を抑えるためであり、

語源もその意味からとられたと考えられています。

 

 

しかし、角隠しを被る由来は諸説あるようで、

顔のすみ(角)を隠す所から「すみ隠し」と呼ばれ、「つの」と関連付けられて

「つの隠し」になったという話もあるそうです。

 

 

 

 

 

以上が「綿帽子」「角隠し」の意味や由来です。

 

 

 

 

改めてこの記事を書いている私も大変勉強になる反面、

少し怖い意味があったんだなと、恐ろしい気持ちでいっぱいになりました。

 

 

 

 

 

世の新郎の皆様、新婦様方から角(つの)が出ないよう、

気をつけていきましょうね。

 

 

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